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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3377号 判決

原告 株式会社 丸玉

被告 国 外二名

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

被告石川シマ、同石川文彦は原告に対し昭和二八年七月一六日別紙第二目録記載の通り不動産を表示して為したる所有権保存登記を抹消せよ。

原告の被告石川シマ、同石川文彦に対するその余の請求及争び被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告石川シマ、同石川文彦間に生じた分は二分しその一を原告の負担とし、その余を右被告両名の負担とし、原告と被告国間に生じた分は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「主文第一項同旨及び被告石川シマ、同石川文彦は原告に対し昭和二八年一一月二七日別紙第一目録記載の通り不動産も表示して為したる回復登記及び同年同月同日別紙第二目録記載の通り不動産を表示して為したる更正登記を夫々抹消せよ。被告国は原告に対し前項不動産の登記簿に昭和二八年一一月二七日受付第壱四四壱〇号原因同年七月一三日差押の差押登記を抹消せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は大阪市南区西櫓町二番地の一、二、丙、丁の土地所有者であつた被告石川シマの亡夫、同文彦の亡父なる訴外亡石川文右衛門の承諾を得て、同地上に昭和一三年七月別紙第一目録記載の如き建物を建築したところ、同訴外人は同年九月一日該建物を同訴外人の所有なりとして同人所有名義に保存登記をしたので、爾来原告と同訴外人間に該建物の所有権につき争を生じていたが、昭和二〇年三月一四日空襲により該建物は破壊焼失し、僅かに鉄筋コンクリート造りの一部外壁が残存したが、それも破壊変質し全く価値なく独立の不動産としての存在を失つた。然し原告と同訴外人は右焼失後もその所有権の帰属につき争を継続したが、昭和二二年五月訴外辻野清の仲裁により和解が成立し、之により訴外亡石川文右衛門は係争の該建物の焼残り物は一切原告の所有なることを認めた。而して右和解の趣旨は該建物の焼残り物を同訴外人より原告に譲渡するものでなく、係争の該建物は始めから原告の所有であつたことを認めたものである。従つて原告は同建物の所有権を原始的に取得したものである。そこで原告は右和解成立後前記焼残り物を利用し之に大改造修理を加え増改築を施して木造トタン葺平家建建坪九三坪二合五勺(現在は一部鉄筋コンクリート造、一部木造トタン葺四階建家屋、一階坪一七八坪一合七勺、二階坪五六坪四合二勾、三階坪二三坪九合二勺、四階坪四六坪五合)を建築し全く別個独立の家屋となつた。従つて別紙第二目録記載の如き建物は存在しないのに拘らず、被告国は之あるものとし且つ右訴外人は昭和二五年七月一七日死亡したのでその相続人なる被告石川シマ、同石川文彦両名の所有なりとし昭和二八年七月一三日之を差押えたと称して同年同月一六日右被告石川両名の所有名義に所有権保存登記を為し同時に差押登記を為した。然しかゝる保存登記は無効であるところ、原告は昭和二六年三月五日右被告石川両名から本件建物の敷地を買受け同年四月九日所有権移転登記を経由したので、上記無効の登記は原告の右土地所有権の行使を妨げるの故をもつて之が抹消を求めるため昭和二八年七月二八日本訴を提起し係属中、被告国は同年一一月二七日被告石川両名に代位して別紙第一目録記載の如く建物を表示して回復登記を為し、同時に別紙第二目録記載の如く更正登記を為し且つ差押登記を為した。然しこの代位による回復登記もかゝる建物は既に存在しないから無効であるのみでなく、代位は債務者の権利を代つて行使するものであり、債務者が権利を有していることが要件であるが、仮に同建物の空襲による焼失残存物が建物ということができる場合においても、該物件は訴外亡石川文右衛門と原告間に成立した和解契約により同訴外人は原告の所有なることを認め、従つて右訴外人並びにその相続人なる被告石川両名は該物件につき所有権を有しないのであるから回復登記を為す権利なく、又同建物の登記簿の抹消閉鎖は右訴外人の申請によるものなるところ、自ら登記の抹消を申請したものは該登記の回復登記を為す権利を有しない。従つて之が代位登記は許されない。又同一物件につき既に保存登記を為し該登記簿は未だ閉鎖せられていないから二重登記を為しているわけである。従つて被告国の為した回復登記及びその更正登記はこの点からでも無効であつて、かゝる無効登記のあることは同建物の敷地の所有者なる原告の権利行使に妨げとなるから之が抹消を求めると陳述し、

原告は焼残り建物の所有権を原始的に取得したのであるから同建物につき登記なくとも被告国に対抗し得る。又被告国は原告が右焼残り物件の原告所有なることを被告石川両名の先代訴外亡右川文右衛門に承認させた事実を認めたから原告は同物件につき登記を経由しなくても被告国に対抗できる。又原告は本件建物については建坪九三坪二合五勺の建物の一部として既に原告において保存登記をしているから被告石川両名は勿論、被告国に対しても所有権をもつて対抗し得ると附陳し、現存の建物は既存建物を補修増築したものであるとの被告国の主張を援用し、被告等の抗弁事実を否認した。

被告石川シマ、同石川文彦訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告が主張する建物が原告主張の日空襲により罹災したこと、右罹災前より訴外亡石川文右衛門と原告との間に同建物につき争があつたが、原告主張の頃和解が成立し、右訴外人は焼残り建物一切の原告所有なることを認めたこと、被告石川両名は昭和二五年七月一七日右訴外人死亡により相続を為したこと及び相被告国が右被告石川両名のため原告主張の日その主張の如く同建物につき保存登記を為し、又代位による回復登記並びに更正、差押の各登記を為したことは認めるが、その余の原告主張事実を争う。本件建物は訴外亡石川文右衛門が昭和七年頃建築し保存登記を為し、昭和一三、四年頃訴外田中久之助が之を賃借し、原告は右田中より転借していたのをその後訴外亡石川文右衛門より直接賃借するに至つたところ、偶々昭和二〇年三月一四日戦災を被つたので、大阪市南区役所は焼失したものとして同年六月三日家屋台帳を閉鎖しにが、事実に相違し現存していたため同区役所は昭和二八年六月一八日同台帳を復活した。然るところ右被告石川両名の相続税滞納により相被告国は同年七月一六日差押の為職権をもつて保存登記を為した上差押登記をしたものであると述べ、

抗弁として、訴外亡石川文右衛門は本件建物が戦災を被つた当時疎開先で之を聞知し、当然焼失したものと諦めていたので、その後昭和二二年五月頃訴外辻野清を通じ本件建物所在の土地二四〇坪余を原告に賃貸することとなつた際、同地上に存在する建物、工作物は一切原告の所有とする旨承認したが、之は同地上に残存する戦災建物の残該又は残存物をすべて原告の所有にする旨を承諾したものである。然るに公簿上においても一旦滅失したものとして抹消せられていたものがその後独立家屋として残存していることが判明したのであるから、訴外亡石川文右衛門が為した前記承認は重過失によるものであり、要素に錯誤ある意思表示であつて無効である。即ち不動産として価値なきものと思つていたものが実際は独立した不動産であつたということは重大な要素の錯誤に属するものである。残存家屋であれば時価三千万円相当のものであり、この価額の点から見ても右訴外人の為した意思表示は要素に錯誤ありたるものであり、且つこの錯誤は当時の社会情勢下においてはあり得べきことで、表意者に過失ありとはいゝ得ない。又原告は本件建物はその後増改築により全く別個独立の建物となつたと主張するが、仮に増改築の事実があつたとしても附合により被告石川両名の所有に帰したから、原告の本訴請求は失当であると述べた。

被告国指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、大阪市南区西櫓町二番地一、二、丙、丁地上にあつた訴外亡石川文右衛門所有にかゝる別紙第一目録記載の建物及び木造セメント張鉄板葺三階建食堂一棟が昭和二〇年三月一四日の空襲により罹災し右建物二棟の内木造セメント張の一棟は焼失し、原告が昭和二一年九月頃こゝに木造トタン葺平家建を建築し営業に使用していたこと及び焼残つた一棟(本件建物)には原告主張の如き保存、回復、更正及び差押の各登記を為したこと、相被告石川両名が右訴外人の死亡により相続したことは認めるが、その余の原告主張事実を争う。右地上には原告所有建物は存在していなかつた。而して相被告石川両名は昭和二五年七月一七日訴外亡石川文右衛門の死亡による相続税を滞納していたところ、昭和二八年六月頃右相被告石川両名が相続すべき右訴外人所有の本件建物につき大阪市南区長より大阪法務局長に対し、本件建物は戦災により焼失したものと誤認し一旦家屋台帳上閉鎖の手続をとつたが、調査の結果残存していたことが確認せられたので復活の登録をするようとの稟申あり、之に基き昭和二八年六月一八日本件建物が家屋台帳上復活されたが、このことを大阪市東住吉税務署長が探知し、同建物を現認した上職権により同年七月一六日差押登記を嘱託した。ところが本件建物は登記簿によれば終戦当時訴外亡石川文右衛門は之を第二号建物とし、他に第一号建物として木造瓦葺三階建食堂建坪一二二坪六勺、外二階一一〇坪五勺、三階一〇七坪五合二勺一棟計二棟を所有していたが昭和二四年四月二八日取毀ちを原因に抹消せられ登記簿は閉鎖となつており、一方家屋台帳によれば右二棟の建物は昭和二〇年三月一四日滅失、同年六月三〇日閉鎖、昭和二八年六月一八日本件建物一棟のみ復活、同日登録となつている。而して家屋台帳は家屋の状況の変遷を如実に示すものであつて、之によれば叙上の如く訴外亡石川文右衛門所有の前記二棟の家屋の内本件建物のみ家屋として残存していたのであるから、この事実に反して登記簿が閉鎖されたことは誤りである。従つて本来相被告石川両名は右訴外人の相続人として回復登記の手続をしなければならないのに之をしなかつたため、前記差押登記の嘱託を受けた登記所は誤つて本件建物につき職権により保存登記をした上差押登記をしたのである。然し建物が滅失しないのに拘らず滅失したものとして抹消登記をした後別に同一建物につき保存登記をした場合においても、前の登記は回復登記により復活し得るのであるから、後の登記には効力がないことになる。そこで被告国は昭和二八年一一月二七日右相被告石川両名に代位して本件建物につき回復登記手続を為し同時に更正登記及び差押登記を為したのである。被告国は、原告が訴外亡石川文右衛門との間において焼残り残存建物の原告所有なることを認めさせたことは争わない。然し同建物につき原告は所有権取得の登記を経ていないから右所有権をもつて第三者なる被告国に対抗できないものである。現在原告が占有使用している建物は右残存建物を補修増築して建てたものであるが、如何に大規模の増改築修理を施しても既存建物の所有権は消滅するものでなく、改造者に移転するものでもない。新規の形成部分も附合により既存建物の一部となつたものである。従つてたとえ現在の建物につき原告において保存登記をなしたとしても、既存登記が無効となり、原告の為した右新登記が効力を生じるわけがない。原告の為した新登記は既登記建物につき二重に為された保存登記であるから無効である。以上の次第であるから原告の請求は失当であると陳述した。

証拠〈省略〉

理由

原告が主張する別紙第一目録記載の建物が昭和二〇年三月一四日空襲により罹災したこと、右罹災前より同建物につき原告と訴外亡石川文右衛門との間に争があつたが、昭和二二年五月頃和解成立し、右訴外人は同建物の焼残り物一切は原告の所有なることを認めたこと、被告石川シマ、同石川文彦は昭和二五年七月一七日右訴外人の死亡によりその遺産相続をしたこと、被告国は被告石川シマ、同石川文彦のため昭和二八年七月一六日別紙第二目録記載の通り不動産を表示して所有権保存登記をなし、同年一一月二七日右被告両名を代位して別紙第一目録記載の通り不動産を表示して更正登記を夫々為したことは当事者間に争がない。

而していづれも成立に争のない甲第一、第四号証の一、二、第五、第六、第八号証、第一〇号証の一乃至三、第一二号証、乙第三、第一三乃至第一六号証、原告と被告石川シマ、同石川文彦の間において成立に争なく、被告国との間においては証人辻野清の証言及び原告会社代表者本人の供述により成立の認められる甲第二、第九号証、証人徳永偕の証言により成立の認められる甲第三号証、証人辻野清、同小林信夫の各証言の一部、証人徳永偕、同海上静一の各証言及び原告、被告石川シマ、同石川文彦各本人尋問並びに検証の各結果を綜合すれば次の事実が認められる。

即ち被告石川シマ、同石川文彦の被相続人なる訴外亡石川文右衛門は別紙第一目録記載の建物一棟を第二号物件とし、外に第一号物件として同番地上に木造瓦葺三階建食堂一棟建坪一二二坪六勺、外二階坪一一〇坪五勺、三階建一〇七坪五合二勺を所有していたが、元々この第二号物件は、原告が右第一号物件と共に右訴外人より賃貸していた木造瓦葺セメント張二階建百貨店一棟建坪三八坪九合一勺、二階建三七坪五合の建物が昭和一三年頃火災で一部焼失したため、原告は自己の費用で改築するがその結果は右訴外人の所有に帰せしむる約定の下に之を鉄筋コンクリート造タイル張三階建に増改築したものに該当するところ、その後同建物につき両者間に争を生じ原告は昭和一九年七月一一日大阪地方裁判所に右訴外人を相手取り必要費有益費及び造作代金等請求の訴を提起し、同訴は同年(ワ)第八三八号事件として係属中昭和二〇年三月一四日空襲で右建物は第一、第二号物件共全部罹災し、木造の第一号物件は勿論第二号物件も鉄筋コンクリートの外郭を残して全部焼失した。そして所轄大阪市南区役所及び南税務署の係員は右罹災状況を調査の上同年六月一三日右建物二棟につき家屋台帳を閉鎖した。ところがその頃より昭和二三年頃に至る間に原告は右焼残りの鉄筋コンクリート壁を補修し、之を利用し平家建ダンスホール建坪九三坪二合五勺外に改築しその後増改築を重ね木造一部鉄筋コンクリート造トタン葺四階建一棟の現建物と為し(この補修、増改築の点は原告と被告国との間には争がない。)爾来パチンコ営業に使用しているが、その間原告は訴外辻野清の斡旋で訴外亡石川文右衛門と交渉し、昭和二二年五且頃焼跡の土地二四〇坪九合五勺を賃借し、その際右亡石川文右衛門は原告に対し、両者間にかねて係争中であつた第二号物件につきその焼残りの鉄筋コンクリート壁その他残存工作物は一切原告の所有であることを承認し、その対価と前記土地賃借の権利金を含め金八万円を収受し、昭和二四年四月二八日第一、第二号物件共取毀を理由に登記の抹消を為したので同日同物件の登記簿は閉鎖せられた。然るにその後昭和二八年六月一八日所轄南区役所において戦災の鉄筋コンクリート建物の閉鎖家屋台帳の復活の処置が取られ、別紙第二目録記載の建物につき同月一八日復活登録がなされたところ、被告国は訴外亡石川文右衛門死亡による相続人被告石川シマ、同石川文彦両名の相続税滞納のため同物件を同年七月一三日差押え之が登記を嘱託したが、この嘱託を受けた登記所は右復活の家屋台帳に基き職権により保存登記を為して差押登記を為した。然し被告国は更に前示相被告石川両名に代位し同人等の相続税滞納を理由に昭和二八年一一月二七日別紙第一目録記載の建物(前示第二号物件)につき回復登記と別紙第二目録記載の通り更正登記を為し同時に差押登記を為したことが認められる。

右認定に反する証人小林信夫、同辻野清の各証言の一部及び被告石川シマ本人の供述は措信せず、その他右認定を覆すべき証拠はない。原告は前示第二号物件についての原告と訴外亡石川文右衛門間の争は所有権の帰属についてであると主張するが、之を認むべき証拠はない。

そこで右認定事実につき考えるに、別紙第一目録記載の建物(前示第二号物件)は焼失し、ただ鉄筋コンクリートの部分のみ焼残り、而もそれは著しく損傷しそのまゝでは到底建物として使用できない状態にあつたことは容易に看取せられるところ、罹災した鉄筋コンクリート造建物は如何なる程度の損傷を被つた場合に之を滅失したものと見るべきかは結局社会通念に従い客観的に定める外ないのであるが、右鉄筋コンクリート造建物の焼残り物については、原告は訴外亡石川文右衛門に土地賃借の権利金を含めたとはいえ未だインフレ進行前なる当時の金八万円を支払つてその原告の所有なることの承認を得た上、之を補修利用して現在の建物を建築し使用収益している叙上認定事実並びに罹災鉄筋コンクリート造建物の焼残り物がいわゆる焼ビルと称せられ、単なる建築材料としてゞはなく建物として売買せられ之に補修改築を施し現実に使用せられている事例の尠くないという顕著な事実に徴し、右本件建物の焼残り物は著しく損傷を受けそのまゝでは到底建物として使用できなかつたにしても、猶建物として無価値なものに帰したわけでなく、之が修補は可能であり、従つて建物として未だ滅失の域には達していなかつたものと認めるのを相当とする。而して別紙第一目録記載の建物が訴外亡石川文右衛門の所有物件であり、同訴外人が原告より対価を得た事実に徴すれば、同訴外人がその焼残り物件につき原告の所有権を認めたことはすなわち自己の所有権の譲渡を為したことを意味するものと認むべきである。

被告石川両名は右訴外人の鉄筋コンクリート焼残り物の譲渡につき錯誤による無効を主張するが、同訴外人が右譲渡に当り該物件の罹災状況を全く知らなかつたことは之を認むべき証拠なく、反つて前顕甲第二、第九号証、証人辻野清の証言の一部及び被告石川文彦本人の供述を合せ考えると、右訴外人は罹災建物の現場は見ていなかつたが、息子の右被告及び訴外辻野清よりその罹災状況を承知し建物として価値なき残骸と考えて之を譲渡したことは認めるに難くない。然し同訴外人はこの考えを表示して契約の内容としたことは右被告等の立証によりては之を認められないので、叙上認定の外く同物件は猶建物というべきものであつても、要素に錯誤があつたものということはできない。従つて被告等の主張は採用し難い。又同被告等は原告の為した増改築は附合により焼残り物の所有者なる同被告等の所有に帰したと主張するが、右増改築内部造作等一切はいづれも焼残り物の構成部分となつたか或は之に附合して一体となり原物件の所有者の所有に帰したものと認むべきであるが既に原物件が原告に譲渡せられた以上右被告等の主張は理由がない。

然らば原告は本件焼残り物の所有権を訴外亡石川文右衛門より取得したものであるから之が所有権移転登記を経由しなければ第三者に対抗できないものといわなければならない。而して右物件の登記簿は取毀を理由として抹消閉鎖せられたことは叙上認定したところである。然し右登記簿の閉鎖は事実に副わない無効のものというべきであるから右訴外人の死亡した後においてはその相続人なる被告石川両名において回復登記を請求し得べきものであり、従つて原告は同物件の回復登記を経た上移転登記を受けなければ第三者にその所有権取得をもつて対抗できないところ、原告はこの点につき何ら主張立証しないのであるから、被告国に対する関係においては右焼残り物件は勿論之に附合して一体となつた補修増改築によるものはすべて被告石川両名の所有にあるものという外はない。

原告は登記簿の抹消閉鎖は訴外亡石川文右衛門の申請により為されたのであるから、かゝる場合回復登記は許されないと主張するけれども、之を肯認すべき根拠なく、誤つて事実に副わない登記を申請しても、後日更正登記或は回復登記を為し得ることはいうまでもない。又原告は焼残り物は建物として全く価値なきものとなり独立の不動産としての存在を失つたし、訴外亡石川文右衛門が和解により同物件の原告の所有なることを認めたのは同建物が始めから原告の所有であつたことを認めたもので原告は原姶的にその所有権を取得したものであると主張するけれども、この点に関する証人辻野清の証言は措信し難く、他に叙上認定を覆し右原告主張事実を認むべき証拠はないから之を採用することはできない。従つて又登記なくても焼残り物件の所有権をもつて被告国に対抗できるとの原告の主張も採用できない。そうすると訴外亡石川文右衛門の別紙第一目録記載の建物は滅失したことを前提とする同建物の抹消登記は事実に副わない無効のものである以上被告石川両名は右訴外人の相続人として之が回復登記を為し得べきものであり、従つて被告国が右被告石川両名に代位して為した原告主張の本件回復登記及びその更正登記は有効なるは勿論、之が差押登記もいづれも有効なるものといわなければならない。

原告は、代金は債務者において債権者が代位して行う権利を有していることを要件とするが、焼残り建物は原告の代表者と訴外亡石川文右衛門との契約により原告の所有に帰しているから同訴外人或はその相続人なる被告石川両名には回復登記を為す権利はない。従つて被告国が右被告石川両名を代位して為した回復登記は無効であり、更正登記も無効であると主張するけれども、既に原告において所有権移転登記を経由していない以上右主張の理由のないことは明らかであつて、採用できない。又原告は、焼残り物が原告の所有なることを訴外亡石川文右衛門に認めさせた事実を被告国は認めているから、所有権移転登記なくとも被告国に対抗できると主張するが、たとえ同被告が上記事実を認めたからといつて直ちに同被告において右登記の欠缺を主張する利益をも放棄したものということはできない。従つて右主張も採用できない。又原告は本件建物については建坪九三坪二合五勺の建物の一部として既に原告において保存登記をしているから、原告は被告石川両名に対しては勿論被告国に対してもその所有権を対抗できると主張するが、叙上認定した如く未だ滅失していないのに滅失したものとして抹消登記が為された物件につき、別途に原告主張の如き保存登記をしても、右抹消登記は実体を伴わないものであるから効力を生じないものであり、従つて抹消前の登記名義人が対抗力ある所有権を失わないものであり、何時でも回復登記により復活できるから、別途の保存登記は効力なきものといわなければならない。原告は又同一物件につき先に保存登記を為しその後之を閉鎖しないで回復登記を為すは二重登記であつて許されないと主張するが、先の登記の無効なることは叙上説示したところであるから、之が有効を前提とする右原告の主張も理由のないことは明らかであつて採用できない。

そうしてみると被告国が別紙第二目録記載の通りの不動産として被告石川両名のため為したる建物の保存登記は無効であることは明らかであるところ、該建物の敷地は原告において昭和二六年三月五日之を買受け所有権を取得し同年四月九日移転登記を経由したことは、成立に争ない甲第七、第一一号証の一乃至三により認められるから、同地上にかゝる無効の建物保存登記の存在することは、原告の土地所有権行使の妨害を為すものというべく、従つて之が抹消を求める原告の請求は理由があるものと認められる。

以上の次第につき被告石川両名に対し別紙第二目録記載の通り不動産を表示して為したる所有権保存登記の抹消を求める限度において原告の請求を正当として認容し、その余の部分及び被告国に対する請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 畑健次)

第一、第二目録〈省略〉

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